東御苑(大手門)

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大手門に立ち、皇居を背に眺める。

日曜の午後の風景はこんな感じだ。

f:id:rasukaru1:20160619223300j:plain f:id:rasukaru1:20160619222250j:plain 正面は日本橋コレド日本橋が新幹線の線路を挟んで向こう側に見える。 隣には高島屋

f:id:rasukaru1:20160619222618j:plain 右方向にの道は日比谷公園に、そのまま真直ぐいくと増上寺につながる。 向かいの建物はパレスホテル。 この一帯は三菱財閥の建物群だ。岩崎弥之助という人物がロンドンに滞在していた時に 東京の新聞で売りに出されたのを読んで急いで買ったという。 一帯で当時の150万円、東京の一年の予算をはるかに超える額だったということで結構思い切った決断だ。 当時は草しか生えていない、陸軍の練習場のほかは何にもない場所になっていたそうだ。もちろん東京駅もなかった。 そんな場所をロンドンのような都市にしたいと考えたのだから昔の人はロマンがある。 パレスホテルは、戦後の財閥解体林野庁舎が貿易庁のバイヤーのホテルにしたものを 1960年に民営化して開業、そして最近2012年に建替えて新しくなっている。 なんでもホテル御三家のなかでも今では一番高いらしい。

f:id:rasukaru1:20160619222620j:plain 左方向。道もいろいろあるがこの道をまっすぐいくと御茶ノ水湯島天神の横を抜けて江戸川橋にいく。 日曜日は片側レーンが歩行者天国になっていて自転車の観光が楽しめる。 皇居ランも反時計回りだから走るときはこちら向きだ。

徳川家康がこの場所に江戸城を築いたとき、 今の姿からは想像できないがこのあたりまで海だったという。 それで日比谷というのは、ヒビという海苔の養殖のことを指す言葉と谷で日比谷。 要するに海の入り江だった。なぜそんな海の際に築いたのか気になる。 f:id:rasukaru1:20160619222625j:plain 大手門に入る手前の石には、不二家の「不」という字が書いてある。 なんでもこれは昔の測量の印だそうだが字が薄いので注意してみないと見えない。

f:id:rasukaru1:20160619222634j:plain 東御苑の地図。逆向きだが何故かこう見た方がしっくりくる。 大手門が城のメインの門で、門も幾つかあるがそのなかでも毎日武士がお勤めで使通っていた所だ。 江戸城は敵から攻め入られることが一度もなかったが、城なので作りはやはり要塞になっている。 その機能もみどころの一つだ。

f:id:rasukaru1:20160619222627j:plain f:id:rasukaru1:20160619222631j:plain 枡形門とよばれ城に入るには何度か折り返し進む、つまり一気に入城できないようになっている。 そして見附というのは、敵を見つけるという意味らしい。ここも見附というらしい。 上の格子の部分から観察するのだろう。

歴史上の建物をみるとき、例えば建てられた江戸時代とその前、それから明治と戦後と今など いくつかの時代で様子が違うので多少混乱するが、それもまた楽しみ。

つづく

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